「防衛的賃上げ」に踏み切らざるをえない中小企業経営者の悩み

経営者のリスク

大企業が賃上げを行う動きが、中小企業にも波及しています。

岸田総理から賃上げの要請があり、大企業が従ったことで中小企業も倣うしかなくなったのですが、経営状態が悪くても賃上げが必要となったことで多くの悩みを抱える経営者もいます。

防衛的賃上げともいわれる現状について、解説します。

防衛的賃上げが必要となった背景

2024年の年初に、岸田総理は各企業へと呼びかけを行いました。

インフレが起こっている現在、労働者の賃金をインフレ率以上に上げて欲しいと呼びかけたことで、多くの企業が賃上げに踏み切りました。

専門家によると、政策面での支援が中小企業の賃上げを後押ししているといいます。

例えば、国の制度の中には小規模事業者持続化補助金というものがあり、利用することで賃上げの負担を減らすことができるのです。

経営計画を策定して地元の商工会議所や商工会の支援を受けながら販路開拓に取り組む企業が対象で、中でも最低賃金の引き上げに取り組む事業者に対しては補助金が上乗せされることとなります。

中小企業を取り巻く環境の厳しさも、賃上げを迫る原因となっています。

中小企業の経営者の多くは深刻な人手不足に悩んでいるのですが、賃上げをしなければ人材の確保ができないという状態に陥っているのです。

中小企業の中で、賃上げを実施する予定の企業は61.3%という調査結果があるのですが、内実を見ると苦しいものです。

実施する企業のうち、業績が改善していないものの防衛的賃上げとして賃上げをする予定という企業が、36.9%含まれています。

賃上げを予定している企業のうち過半数が、前向きに賃上げをするわけではないのです。

経営が苦しくても賃上げをせざるを得ないという、企業を取り巻く厳しい環境が背景にあります。

ただし、賃上げは悪いことばかりではありません。

賃上げ分を補填するために、思い切ったリストラをすることができたという企業も少なくないのです。

年収が高いベテラン社員よりも、年収が低い新入社員を雇用した方が利益率は高くなるため、ベテラン社員に瑕疵が見つかった場合は解雇し、2人の新入社員を迎えたという企業もあるのです。

また、多くの中小企業で賃上げすることができたのには、からくりがあります。

実は、賃上げをした対象の多くはパートタイム労働者であり、正社員の賃上げはごく一部に限られるのです。

日銀が4月3日に公表した全国企業短期経済観測調査、いわゆる「短観」によると、人員が「過剰」と答えた企業から「不足」と回答した企業の割合を差し引いて算出する雇用人員判断DIは、大企業のマイナス23に対して、中小企業はマイナス36でした。

中小企業の人材確保の難しさが、はっきりわかる結果となりました。

年間で7~8億円規模の売上高がある建設会社では、2020年から働き方改革に着手していました。

隔週で週休2日制を導入するとともに、一気に約6パーセントの賃金の底上げ、いわゆるベースアップを実施しており、翌年以降も毎年ベースアップを継続しました。

今春も、2%のベースアップに踏み切っています。

経営者によると、建設業界は仕事があっても、人がいない時代を迎えていることが悩みとなっています。

黒字計上が続いていて、長期借入金はゼロで自己資本比率が70パーセント近くに達するなど財務体質も健全な企業なので、賃上げに耐えうるだけの体力を蓄えていたのです。

黒字が続いて健全な財務体質を維持できたのは、民間工事から土木・解体工事など公共事業中心へシフトし、工事の受注単価を上げることができたのが奏功していると分析されています。

しかし、中小企業の賃上げは多くの大企業と異なり、必ずしも好業績を背景にした前向きなものばかりではありません。

たとえ業績の改善などがみられなくとも、実施せざるをえない状況に追い込まれているケースが少なくないのです。

地方都市の商工会議所の幹部の中には、防衛的な賃上げが大半だとコメントしている人もいます。

2023年度に賃上げを行う予定の企業が6割前後という点も、実感よりも高いように感じると打ち明けています。

大手企業とは違う中小企業の実情

中小企業の経営者の中には、大企業をうらやんでいる人も珍しくありません。

ある中小企業では前年度比で1万円の賃上げ、うち半分はベースアップ相当分を実施したのも苦渋の決断だったのですが、決断を下した原因は大手にあります。

大手が相次いで賃上げに応じたのにも関わらず、自社が賃上げをせずに消極的な態度を取ってしまうと、転職を考える人も増えるでしょう。

賃上げをしなければ、会社を支える優秀な人材が逃げ出してしまうかもしれないのです。

中小企業診断士のコメントでも、賃上げの目的がモチベーション向上よりも従業員の不平不満を解消することが目的と言っています。

中小企業の中には、ベースアップを避けて通勤手当などの基本給以外を引き上げることでしのいでいるところもあるのです。

中小企業の悩みの種には、賃上げ以外にも原材料価格や資材価格の高騰などがあります。

建設会社では重機も品薄で、注文したまま待ち時間だけが過ぎている状態です。

需要が急回復したことで、供給が追い付かず品薄状態が続いているのです。

また、ゼネコンなどの下請け工事を中心に行っている建設会社は、受注単価も厳しいものとなっていることが予測されます。

賃上げをする余力がなければ、簡単に応じることはできないでしょう。

飲食業界も、コロナ禍のダメージが完全に回復しているわけではなく、賃上げに応じている場合ではなくなっています。

中小企業庁でもフォローする体制を整えているのですが、賃上げを前向きにするには中小企業の経営者の声を丹念に拾い集める必要があるでしょう。

まとめ

岸田総理は、日本のインフレ傾向を踏まえて企業の経営者に、インフレを超える賃上げを考えてほしいと年頭の記者会見で呼びかけました。

大手企業は要請に応じて賃上げを行いましたが、中小企業にとっては賃上げと言われても簡単に応じることができないものです。

中小企業の悩みの種となっている賃上げについて、国では中小企業庁による調査の結果を踏まえ、さらなるフォロー体制を整えるべきでしょう。